ゆとけん

ゆとり研究所。ゆとりの僕が見るビジネス、経済、社会

【飲めるガム】「いろはす」ぶどう炭酸水

いろはす」ぶどう炭酸水を飲んでみました。

 

飲んでいると、こう思いました。

『なんか記憶にある味だな・・・』

 

!!

 

ガムだ!あの15年くらい前によく食べていた100円の板ガムだ!!

そうです、そのブドウ味の板ガムを10分くらい噛み続けた時の唾液の味でした。

ん〜、、はっきりいって美味しくないです(^-^;

だって飲めるガム、なんですもん。それも薄味の!

これを美味しいと思う人はどんな人なんでしょうか??  僕がブランドの責任者ならGOサインは出さないな。。

 

とはいえ、最近のフレーバーウォーターはおもしろい! ”飲めるガム"を手にとった私も魅了されている1人ですから^ ^ 

 

90年代後半でしょうか?「の天然水」がヒットしたのは。

あれも僕は大好きでした(´ω`)  日本におけるフレーバーウォーターの元祖と言っていいような気がします。

当時、「なぜ色もないのに味がするんだろう・・・」と思った記憶があります。しかも天然水!ですからね。

 

ももてんの大ヒット以降、清涼飲料水業界では「天然水使用」というキーワードが隆盛を迎えたそうです。「なっちゃん」とかね。

 

それからしばらくしてウォーターサーバーなどのインフラも整い、ミネラルウォーターを飲むのが当たり前になりました。

そこで起きたのが、水に味をつけるということ。

ももてん、なっちゃんとは逆の発想。おもしろいですね!

正直マニアでもない限り水なんて日本のものであれば、どれも一緒です。ブランドイメージを形作るための差別化戦略、とでも言えるのではないでしょうか。

 

僕にとって500mlペットボトルのフレーバーウォーターは、お風呂上がりや運動後の、映画やドラマ、読書、ネットサーフィンにぴったりなんです( ´ ▽ ` )

それだけでなく、ミネラルウォーターも2Lのペットボトルを買っています。

 

そうすると、、

ミネラルウォーターって、味もパッケージもシンプルだからなのか、不思議とブランドを揃えたくなるんですよねー。価格も大差ないですし。買いだめするとき、色や形がバラバラだとなんか嫌ですから。だってほら、冷蔵庫に同じパッケージが並んでいる方がカッコよくないですか? 笑  

 

 

ミネラルウォーター市場はここ数年拡大を続けているそうです。こうした企業努力には恐れ入ります。。

フレーバーウォーターを見てると僕はこう思うんです。

 

『工夫の余地ってまだまだたくさんあるんだ

 

と。天然水そのものに味をつけようなんて、これだけジュースがたくさんある世の中で中々思いつけることじゃないです。自然派志向、だけど欲張りな現代にとてもマッチしていると思います。

成熟しているように見える飲料業界、しかも水の世界でこんなことがあるんですから。まだまだきっと何かあるはずです!

 

中国の都市部なんかでもきっと売れるんじゃないでしょうか。陰ながら次の一手にも注目したいと思います。

 

 

後悔しない方法

「〜にしておけば良かった」

「〜の方が良かったかも」

「こっちを選ぶなんて私はなんて愚かなんだろう」

こんなふうに後悔することありませんか?ありますよね。人間なら誰しもが経験しているはずです。

 

人はなぜ後悔するのか。

考えられるのは下記理由でしょうか。

 

  ・2つ以上の選択肢がある

  ・選んだ方の結果が良くなかった

  ・違う選択肢を選んでいたら結果は良かったに違いないと思う

 

選択できるということは大抵の場合良いことです。ポジティブに捉えましょう。

問題は2つ。「結果」にフォーカスしていることです。

 

あなたは何のために選択をしますか?

「良い結果を得るため」そう答える人が多いんじゃないかと思います。

でも待ってください。「良い結果」とは何でしょうか。

 

世の中の問いは2種類に分けられます。

  ・正解が明白である問い

  ・正解が明白でない問い

前者はゲームなどあらかじめ答えが決められているものです。

私たちがプライベートや仕事で数多く直面する、そして重要な問いは後者なのです。何が正解であるか、実のところ誰も分からないのです。短期的にはもしかしたらbetterな解は存在するのかもしれません。しかし次の一瞬、時間、日に何が起こるか分かりません。その「失敗」から来る悔しさがバネとなって飛躍するかもしれませんよ。

 

スティーブ・ジョブズもあの有名なスピーチ”connecting the dots”の中で言っています。

『先を見通して点と点をつなぎ合わせることはできない。できるのは後から振り返って点と点をつなぎ合わせることだけだ。だから、将来何らかの形で点と点がつながり実を結ぶと信じるしかない。』

 

結果がどう出るかは置いておきましょう。

ただし!だからといって適当に選んでいい、ということではありません。ここ重要です!

 

大切なのは「どのような気持ちでそれを選ぶのか」ということです。

 

「めんどくさいから」といった消極的な理由で選択していては後悔の念から解き放たれることはないでしょう。

己の信念を持ちましょう。ここにも正解はありません。自分の未来、周りの人たち、社会をどのようにしていきたいのか。そのように考えて行くと、あなたの目は自然と未来を見据えているでしょう。

己の信念でもって選ぶことを続けていくと、時間をかけなくとも次の選択、行動を自然と決められるようになります。そして何より一時的な結果で一喜一憂することもなくなります。

 

こうなると楽です。プログラムのごとく決断できるようになるでしょう。時に信念に関する調整は必要かもしれませんが、迷いませんし、周りからも「あの人はこういうふうに考える人だ」と正しく理解してもらえるようになるはずです。余計なストレスも減るかもしれませんね。

 

「どのような気持ちでそれを選ぶのか」

信念を持ちましょう。それがあなたという人生のブランドになります。

 

競走はするな。

アイツより早く、アイツより多く、アイツより高く・・・

 

人生は競走です。競うって素晴らしい。

競走の中でこそ人は鍛えられる。

 

小さい頃から、色んな場面でそう教えられてきた人が多いと思います。

最近は徒競走で順番をつけない、なんてところもあるようですが。。

 

そんなすり減るだけの"競走バンザイ"思想にズバァーーンッ!と直球を投げてくれた人がいます。

 

ピーター・ティール。

 

シリコンバレーのマフィアとも呼ばれる存在です。あ、悪い人ではありません 笑

Paypalの創業者であり、投資家であり、彼はFacebookなどシリコンバレーのテック企業に絶大な影響を与えてきたようです。

ザッカーバーグの思考は師とも言えるピーターの考え方に非常によく似ていると言われます。

 

勝つためには競走ではなく、独占をしろ。と彼は説きます。

 

誰も見向きもしない小さな市場から始め、徐々に拡大していくのです。AmazonFacebookのように。

ただし間違えてはならないのが、

  小さな市場 ≠ 交点

だということ。

「渋谷のモンゴル西部地方の郷土料理屋」

こんな店おそらくないでしょうから始めればオンリー1でしょう。

しかしニーズがあるかわかりません。当たるかどうかの賭けです。そして成長も大して望めません。

 

交点とはいくつかの組み合わせによって絞られた点です。広がりがありません。ニーズがあるかわかりませんし、仮に当たっても成長は頭打ちでしょう。

 

AmazonFacebookも、”新しいこと"で点を創り独占しました。そしてその点は拡大もできる点だった。線で囲われた窮屈な点ではなかったのです。

 

創り、成長し始めたら、それを止めないこと、持続可能性です。

拡大を続けると必ず模倣者をはじめとした競合が現れます。

勝つためには入り口と出口をより強固にします。すなわち収益を増やし、利益を削らないこと。収益を得る機会を2重、3重と築き、下請けなどに価格交渉権を握らせない仕組み・生態系をつくるのです。

 

ここまでできる、できるほどやることに価値がある事業なのか。手法だけでなく意義についても考えさせてくれます。

 

 

メモ:ピーター・ティール「独占せよ」

http://logmi.jp/28101

 

メモ:Paypal 儲けのカラクリ

https://irnote.com/n/n1374a53881e0?gs=9b49c2da5583&gs=335f1f821ea7

 

複雑であることを理解する

映画を観ました。

『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』

 

ロマン・デュリス主演、フランス映画です。

(この俳優さん、『タイピスト!』と『ハート・ブレイカー』でクセになっちゃいました!『ムードインディゴ』は苦手だったけど・・・汗)

 

前妻が無理やり子供達をニューヨークへ連れて行ってしまうので、

主人公のロマンも子供に定期的に会うために、

パリからニューヨークへ追っかけ移住をするという物語です。

 

この映画、人が日常生活で感じる細かな心理をよく描いています。

互いの家に送り迎えをするだけの両親を見つめる子供の目、

下の者(顧客)に対しては強く出るも、格上の弁護士に対しては、ただただ、言い換えただけの同調文しか言えないニューヨークの安物弁護士、

マイノリティーに初めて接した時の戸惑う様子と好奇心。

公的機関の人間の、慣れから来るのか冷たい表情とやり取り、意地の悪さ。

 

レズビアンの友達に精子を提供したり、ビザを取るため偽装結婚したり、

子持ちの元恋人とやっちゃったりと

ほんっとにグチャグチャしますが、

なんだか自然と受け入れ、共感できちゃうんです。ロマン・デュリスのなせる技でしょうか?

 

思うに、この物語の中には「対立」がいくつかクローズアップされるからかと。

  ・汚れたニューヨークと綺麗なパリ

  ・一時の喧騒と過ぎた後の静けさ

  ・割り切りの女と優柔不断な男

  ・エリート弁護士と安物弁護士

  ・親と子

  ・マイノリティーとマジョリティー

これらの対立を瞬間的に見せるだけでなく、それぞれの過程を見せることで

興味が湧き、共感にもつながっていくのだと思います。

レズビアンに戸惑いを覚えながらも引き込まれてしまう若い女性が

この映画の”複雑な人生"という主題に説得力を与えています。

ただ対立するだけなら「私には関係ない。」と一蹴できます。

しかし、何かが起点となって、反対側に倒れることがあるのです。

二項対立が並ぶだけなら人は迷いませんし、シンプルです。でも現実、そうではありません。

それを、閉ざそうとしがちだが実は興味のある性の話でもって、

観ているものに焼き付けている、そう思います。

 

 

世の中はあらゆることがより複雑さを増していると言われます。

それは人の気持ちが状況によってふわふわとするから。その気持ちを表現し行動に移す基盤が整ってきたから。

そんな時代にリーダーになろうとするなら、わかりやすく対立させ、

気づいていなかった気持ちを喚起させるのが手っ取り早いんでしょう。

 

フランスの大統領選もまさしくそんな感じです。

 

 

メモ;複雑な社会を知る

http://marketer-thinking.com/column/hukuzatukei.html